【臀肉事件】日本で起こった未解決事件・不気味な事件

mikaiketsu

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世界的にも安全な国と言われている日本ですが、日々、さまざまな事件は起きており、殺人事件の場合、事件として「立件」されれば犯人検挙率は9割を超えるとも言われています。

しかし、高い検挙率の日本でも「未解決」として未だに犯人が捕まっていなく、手がかりなどが「不気味」で「難解」な事件をご紹介します。

臀肉事件(でんにくじけん)

事件概要:

1902年3月27日、東京府麹町区下二番町(現千代田区二番町)の路地裏にて近くに住む少年(当時11歳)が両目をえぐり取られ、臀部の肉を約1.2キロをはぎ取られている遺体を付近の住民が発見した。

当時の管轄であった麹町警察署が捜査するも目撃証言がなく、被疑者の特定することが出来なかった。

被疑者

事件の発生から3年後の1905年5月24日に麹町区にある薬局店の店主が死体となって発見される。警察は薬局に出入りしていた野口男三郎と言う男の捜査を進めた。

捜査を進めたところ少年の臀肉が切り取られた殺人事件の犯人ではないかと1905年5月29日に野口男三郎を逮捕した。

薬局店店主殺害事件の少し前の5月12日に野口男三郎の妻、サエの兄が急死しており、その殺害も疑われた。

逮捕後、野口男三郎は

「臀肉事件」「義兄殺害」「薬局店店主殺害」

の三件の殺人事件と余罪を自供した。

臀肉事件の動機と犯行

男三郎の妻サエの兄が当時、不治の病とされていた「ハンセン病」を患っており、男三郎は義兄を看護していたが、サエに感染するのではないかと心配していた。

男三郎はハンセン病の治療に「人肉が有効」という噂を信じ、人肉を手に入れるため殺害を決意。

1902年3月27日に少年を自身の体に押し付け窒息させ殺害。

殺害後、洋刀を使い臀部の肉をはぎ取り、自分の指で少年の両目をえぐり取った。

あらかじめ用意してあった鍋と木炭で、臀部の肉からエキスを抽出した。その後、臀部の肉は海へ投棄した。

その後、商店で鶏肉スープを購入し、臀部のエキスと混ぜ義兄に食べるようすすめた。

義兄殺害

1904年に内縁関係にあったサエは長女を出産したが、義兄との財産や義兄との同居などの婚前契約を巡り争論となり、家を出た。

サエとの復縁を望むが、義兄との関係を修復が難しいを知った男三郎は義兄を殺害することを計画する。

薬局で「硝酸ストリキニーネ」を購入し、サエに薬と伝え飲ませようとするが失敗する。

5月11日夜、義兄の寝ている寝室へ侵入し、足で胸部を圧迫し殺害。

薬局店店主殺害

義兄の死後、サエとの復縁を親戚に求めるが無下にされる。

無職であったことが理由と考えた男三郎は野口家に対して、満州で通訳官を命じられたと嘘をつき、実際に満州に行こうとするが旅費がなかった為、断念。

近くに住む、薬局店の店主へ架空の投資話を持ちかけお金をだまし取ることを思いつく。

1905年5月14日午後、投資話を聞いた店主は預金を350万引き出した。同日夕方に店主を呼びだし、東京府豊多摩郡代々木を移動する途中、薬局店店主の頸椎を圧迫し殺害。

刑事裁判

1906年5月15日、東京地方裁判所で公判が開かれた。

被告人の野口男三郎は「第一の臀肉事件」と「第二の義兄殺害」を証拠不十分として無罪(警察による取り調べ中の拷問が疑われ指摘。)を言い渡し、「第三の薬局店店主殺害」と余罪の卒業証書偽造を有罪として判決を下した。

強盗殺人と官文書偽造によって、野口男三郎は死刑を宣告された。

その後

1908年7月2日、市ヶ谷監獄で絞首による死刑が執行された。

野口男三郎享年28歳

第一・第二の殺人事件は無罪判決後、死刑が執行されたため、未解決。

日本で起こった未解決事件・不気味な事件の記事まとめ

2017.02.20

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