【慰霊の森】20年以上前の思い出したくない心霊体験

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実際に心霊スポットへ行ったユーザー様からの情報を元に記事としてご紹介しています。

心霊スポット

岩手県:岩手県・慰霊の森

私が岩手県盛岡市に住んでいた頃のお話です。

昭和46年に全日空空中機衝突事故が起きた岩手県岩手郡の「慰霊の森」での体験談です。当時、私は中学生で盛岡市立黒石野中学校に通っておりました。

恥ずかしい過去ですが、私は暴走族の一員でした。いつもの深夜、先輩の車に乗り、一通り暴走行為をした後、先輩の

「あそこ本当に出るらしいよ。皆で行ってみようぜ。」

の一言で肝試しと称して「慰霊の森」へ向かう事になりました。

その時点で妙な胸騒ぎがしました。

何故なら、私の親族が自衛隊に所属しており、全日空の事故時、慰霊の森の木に引っ掛っている肉片等をお経を唱えながら泣きながら回収したという話を聞いていたからです。

「あそこにはふざけた気持ちで行くもんじゃない。」

と散々聞かされていました。しかし、その日の深夜、私たちは慰霊の森へ向かう事になりました。

盛岡市から車で約15分ほどの所に慰霊の森があります。

森の入り口から舗装された坂を上り、頂上を私たちは目指しました。暴走車でしたので深夜の静観な森に轟音とカーステレオの音が鳴り響きました。

誰もいない頂上の駐車場に到着し、4人のうち3人(私も降りました)が車を降りて、辺りを散策しました。

その時、運転手だった先輩が具合が悪くなり、車に残る事になった為です。散策は時間にして15分ほどでしょうか。

「やっぱり何もでないね。もう車に戻ろうぜ。」と先輩から言われ、3人は車へと戻りました。

「あれ?」先輩が言いました。車に近づくと、運転手席に座って1人待っていた先輩の様子がおかしい事に気づきました。

黒髪にリーゼントだった先輩の髪の毛は、目で分かるほど白髪になり、白目を剥いて、口からは泡を吹いてました。

「こりゃ大変だ。何があったんだ。誰かに襲撃されたか。」真っ先に疑ったのは敵対グループの襲撃でした。

しかし、近辺に敵対グループらしき車やバイクはありません。

そこで、運転席に座っていた先輩を引きずるように降ろし、後部座席に乗車させ、私たちは車に乗り込みました。

車のドアを全て閉め、「まず病院へ向かうぞ」と先輩が言ったその瞬間、バタバタバタッと音が鳴り響きました。

何が起こっているか理解できないでいる内に、車の窓全てに手形の跡がはっきり見えました。恐ろしくなり、車のエンジンをかけようと必死でセルを回しますが何回回してもエンジンは掛かりません。

時間にして2、3分程度の出来事だったと思いますが、その間、ずっとバタバタバタッと窓ガラスを叩く音が鳴り響き、手形の跡が引切り無しに着いては外れを繰り返しました。やっとエンジンが掛かり、そこからはどうやって自宅まで帰ったのかほとんど記憶にありません。

1人車に残り、所々白髪になり泡を吹いていた先輩に後から聞いてみても、その夜の事は全く記憶に無いらしいです。

しかし、私は、その翌々日に先輩の車の窓ガラスを見た際、凍りつきました。窓ガラスに手形がくっきり残っていたのです。私はそれ以来、心霊スポットには行くもんじゃないと心に決めています。

さいごに

ユーザー様からの記事をご紹介しております。
心霊スポットへの立ち入りは自己責任でお願いします。

私有地や立ち入りを禁止している場所もあります。立ち入りの際は許可を取る必要が有ります。

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